中欧の街をたずねて
夏の暑い日、友達のメメちゃんが「わたし、ブダペストに行こうと思うけど、どのツアーがいい
と思う?」といろいろなツアーのパンフレットを見せてくれた。
メメちゃんは世界的に有名なバイオリニストの五嶋みどりさんのおばさんにあたる。みどりさ
んは世界中を、演奏旅行で訪ねておられるが、今まで訪ねた国の中で一番ハンガリーのブ
ダペストがよかった、と言われたとか・・・
「だからブダペストに行きたいの!!」とメメちゃんは熱っぽく話す。
「世界遺産の街ブダペスト」 「ドナウ川クルーズ」 「ライトアップされた くさり橋」など
の写真を見ているうちに,わたしも行きたくなってきた。
ウイーンの街 |
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9月にユーミン、メメちゃんの3人でハンガリーのブダペスト、チェコのプラハ、オーストリアの
ウイーン、おまけでドイツのドレスデン、ベルリンを訪ねることになった。
フィンランド航空AY-078便で11時間ほどのフライト。フィンランドのヘルシンキで乗り継ぎ
ハンガリーのブダペストへ。空港ではガイドのMrバラージュが迎えてくれた。
ハンガリーは東京都と同じく23区ある。通貨はフォリントで1フォリントが0・6円くらい、と基
礎知識を教えてくれる。祖先はアジア系のマジャール人である。だから言葉も似ている。と彼
は言う。水はミズ、風呂はフロ、あほ=タホだって。お話を聴いているうちにマルギット島にあ
るホテルに着いた。灰色の猫が迎えてくれた。
英雄広場やイシュトバーン大聖堂
エリザベート橋を渡り、ブダ地区へ。市内を貫いているドナウ川。この川をはさんで、ブダと
ペストの二つの町がひとつの名前になって広がっている。
バーチー通りにある中央市場に行った。タイルでできた19世紀にできた建物。
前に路面電車が走っていた。
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パプリカや大蒜などの野菜や果物の他チキン、牛肉、ハム、ソーセージ、チーズ、ワインなどを売っている。
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夕食は鎧やフェンシングの用具などが飾ってあるレストラン「チタデラ」で。
橋さんと同じテーブルになる。今度のツアーでは橋さんはメメちゃんと同じ世代。
飛行機でご一緒だった池田さんご夫妻、九州から参加された井出さんご夫妻、
元大学学長夫妻などは私とユーミンくらいのお年頃。
「アスパラガスのスープは塩っぱくて血圧が上がりそう。メーンのポークもまずい」
お料理教室「ゆみ料理工房」の先生のユーミンはきびしい。
「いつものユーミン節がはじまった」メメちゃんとわたし。
夜はドナウ川クルーズ。青くないドナウだった。180度のパノラマ。
ライトアップされたくさり橋が美しい。やっぱりハンガリーは素晴らしい国。
このホテルのブレックファーストは美味しい。パンやソーセージ、果物もいける。
ユーミンのお墨付きだ。日本茶のパックがあったので、懐かしい。(まだ日本を
発って二日しか経っていないのに。メメちゃんは「このお茶は回転寿司にでてくるお茶だ」と
言う。バスでドナウベント地方に向かう。抜けるような青空。花や野菜などの朝市が賑わって
いた。
バスはスロバキアの首都プラチスラバに向かう。170kmの道程である。
スロバキアの街には13世紀の城壁があり、いたるところに門がある。
ミハエル門を越えると旧市街に出る。プラチスラバのゼロ(0)地点があった。
ここからエジプトのカイロまでは2346kmと書いてある。東京までは9142km
思えば遠くに来たもんだ!!
ウイーンの街に出る。映画「第三の男」に出てきた観覧車が見えた。
マロニエの並木道を通ってシェーンブルン宮殿に入る。「美しい泉」という意味のこの宮殿は
ハプスブルグ家の夏の宮殿である。
ベルデベーレ宮殿はラテン語で「美しい眺め」の名の通り、バロック様式の優美な宮殿であ
った。現在は美術館になっていてグスタフ・クリムトやエゴン・シーレなど19世紀末に活躍した
画家の絵を観る
昼食の後、美術史美術館に行く。前の広場にマリアテレジアの像があった。
王宮周辺でマリア・シュトランスキーの店に入る。女帝マリアテレジアの時代に宮廷で誕生
した刺繍工芸の店。みな手作りでお値段は吃驚するほど高い。ザッハでチョコレート、ボンボ
ン・アツインガーという小さなお店でキャンデーを買った。
8時にバスはチェコに向かって緑の森の中を走る。ラディッキーのワルツが流れている。
12時過ぎにやっと、プラハの街に着いた。モルダウ(ヴルタバ)川に沿ってバスは走り、プ
ラハ城が見えた。プラハ城はゴシック式の建物。1300年代カレル4世の時代に現代の姿に
なった。
昼食後プラハの街を散策。「百塔の街」といわれるこの街は「世界遺産の街」
教会の尖塔、街の美しさは夢を見ているよう。カレル橋を渡る。
ヴルタバ川に架かる520mの橋。天才建築家ペトル・バルレーシュが造った最古の橋。
ゴシック様式で30体の聖人像が橋の 欄干に並んでいた。
夕食はストラホフ修道院の中のレストラン。黒ビールやその他のドリンクは飲み放題。
ビーフシチユー、クネドリーキ、アップルケーキなど。クネドリーキは肉まんの皮だけのような
もので、わたしはこんなのが好き。メメちゃんはビーフシチューを食べながら日本に置いてき
た愛犬のシバルデンを思い出していた。
プラハからドレスデンへ。E55号の道路は渋滞だった。バスはザクセン州に入り、右手に
エルベ川が見える。モルダウ川はドイツに入るとエルベ川となる。13:19には正面にアルプ
レヒト城が見えた。昼食後「エルベ川のフィレンツエ」といわれるドレスデンに着く。
ツヴィンガー宮殿はアウグス強王が1710〜1738年にかけて造営した
ドイツ・バロック建築の至宝。宮殿内にはいくつかの博物館が入っている。
アルテ・マイスターにはアウグスト強王とフリードリヒ2世が収集した世界屈指の絵画コレクシ
ョンが揃う。ラファエロの「システィーナのマドンナ」やフェルメールの「トリモチ女」「窓」などを
観た。聖母教会は「戦争でグチャグチャになったジグソーパズルのように再建しています」
とガイドの説明。
ドレスデン城の北側の城壁にある「君主の行列」は24.000枚のマイセン焼きのタイルで描か
れ奇跡的に戦災を免れた。
19時頃、シュトラッセ・ケーニッヒ(王様通り)一番地にあるにあるレストラン
(WENZEL.BIER.STUBE)に行く。同じツアーのメンバー元学長夫妻と私たち3人は一緒のテ
ーブルを囲んだ。
サラダ、ローストチキン、ヨーグルトなどを頂きながら、なごやかに会話がはずむ。
元学長は中高なお顔。鳥のような印象をあたえる。私たちは勝手に「蝙蝠」というニックネー
ムを彼に与えていた。このコウモリはユーミンに気があるらしくて、わたしたちがひやかす。
「一度、二人で教授会を開きましょう」とか「二人で相談しましょう」とか言っている。ユーミン
も定年になるまで大学の教授であったから
「同業だからよ。コウモリはわたしをみたらすぐに同業だってわかったって」・・と、顔を赤くし
て異議を唱えているが、満更でもないらしい。今日のホテルは「シュタイケンベルガーバルク
ホテル」。可愛くてエレガントなホテル。
192kmの距離をバスは走って11:57 ベルリン市内に入った。雨が降っている。
ベルガモン博物館はドイツが誇る考古博物館。トルコのべルガモンから発掘されたゼウスの
祭壇。紀元前2世紀頃の建造。新バビロニア王国(現イラク)のイシュタール門もあった。
美しい菩提樹の並木道、ウンター・リン・デン通りに出た。若き日の森鴎外の作品 「舞姫」
に出てくるブランデンブルグ門
東西冷戦の中で西ベルリンを取り囲むように建設された「ベルリンの壁」
1989年ベルリンの壁は崩壊し、その一年後にドイツは統一を果たした。
朝から雨。ホテルエストリルの私たちの部屋は広く、20号くらいの油絵が架かっている。スカ
イブルー、カーマインレッド、ライム、ベージュのストライプのカーテンで
「全体にシャープな感じやねえ。ドイツ的だわ」とメメちゃん。今日はメメちゃんと同じ部屋。
カーテンをはらうと前に運河が見えた。
ポツダム広場はベルリンのミッテ地区にある主要な広場。1920年〜30年代ポツダム広場
はヨーロッパ経済の中心地であった。統一後真っ先に再開発が始まったのもこの広場であ
る。
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サンスーシー宮殿
サンスーシー宮殿 フリードリヒ2世
(大王)が愛してやまなかった夏の
離宮。
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午前中の見学が終わり、私たち三人はツアーのグループの方たちと別れてタクシーでソニー
センターに行く。オープンカフェでバーガーとシュリンプ、コーヒーでランチ。アルカーデンは
巨大なアーケード。120店ものショップがあった。
フリードリッヒ通りにあるチェック・ポイント・チャーリーハウスに行く。雨が本降り。
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チェック・ポイントチャーリー
東西を分割していたベルリンの壁の
歴史を紹介する博物館。
当時、米英仏の西側3カ国の共同
管理事務所。東ベルリンに出入りす る外国人のために開放される唯一の通過地点であった。
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カーベーデー
ヨーロッパ最大の老舗デパート。衣類、雑貨、食品など見て回る。くたくたに疲れて
「何か飲みたい」と探し回ったが喫茶店はみつからなかった。午後7時頃タクシーでホテルに
帰った。
ヘルシンキ経由で関西空港まで。