解説 |
第二次大戦後、米ソ英仏四国による占領管理下に置かれた混迷の街 ウィーン。
この奇妙に魅力的な空間を舞台にしたグレアム・グリーンの同名小説の映画化作品である。
映画の有する娯楽性と芸術性を見事に融合させたあらゆる映画の最高峰として、永遠にその名は刻まれる。
アメリカの大衆作家 ホリー・マーチンス(ジョセフ・コットン)は、
旧友 ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)の招きでウィーンを訪れる。
ところが、マーチンスを待ち受けていたのは、自動車事故で死んだハリーの葬式であった。
マーチンスは国際警察のキャロウェイ少佐からハリーがヤミ屋組織のボスであったと聞かされ、
愕然とする。ハリーの死に疑問を抱いたマーチンスは、その真相を突き止めるべく一人で調査を始める。
そして、ハリーの事故現場に素性の知れない“第三の男”がいたという証言を得る。
果たして、“第三の男”は本当に存在したのか。
ハリーの恋人である美貌の舞台女優 アンナ(アリダ・ヴァリ)との切ない大人のラブ・ストーリーと絡み合って、
物語はミステリアスに進み行く。
キャロル・リードの演出が素晴らしい。
暗闇に浮かび上がるハリー・ライムの不敵な笑顔。大空高く弧を描く観覧車。
下水道の追跡。冬枯れの並木道を去って行くアンナ。一度観たら脳裏に焼き付いて離れない名場面の連続である。
ロバート・クラスカーのカメラが素晴らしい。
主観と客観を描き分けた鳥瞰、仰角と斜めの構図の巧みな併用。
そして不穏な戦後のウィーンの夜を撮った光と影。
モノクロ映画の頂点を極めた映像美に酔いしれるばかりである。
アントン・カラスのテーマ曲が素晴らしい。
全編に渡って奏でられるツィターの調律が、緩急良くドラマを語る。
ツィター一本というシンプルなスタイルで最大の効果を上げた映画音楽は不滅の輝きを放つ。
俳優陣の演技が素晴らしい。
凡庸な善人 ホリー・マーチンスを演じたジョセフ・コットン。憂い漂うアンナを演じたアリダ・ヴァリ。
何と言っても、ハリー・ライムを演じたオーソン・ウェルズの圧倒的な存在感。
最高の演技を見せた三人が絶妙なアンサンブルをなす。
最後に、今や伝説となっているハリーの名台詞を紹介する。
「イタリアでは、ボルジア家の下で陰謀やテロが横行した。
だが、ミケランジェロ、ダヴィンチ、ルネサンスを生んだ。
スイスは愛の国だが、500年の民主主義と平和は何を生んだ?」と、ウェルズ。ニヤリとして一言。「鳩時計さ。」
ハリー・ライム=オーソン・ウェルズは、映画史上最も魅力的な“悪”であった。アンナにふられ、
屈辱にまみれたマーチンスは、正義という名を傘に、不純な動機でハリーを射つ。
親友が向けた銃口を前に、ハリーはあきらめとも似つかぬ哲学的な笑みを浮かべる。
凡庸さが優れた“悪”を葬る皮肉。地下水道の追跡劇は無情の寂寥感が漂うクライマックスへと昇華した。
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