昭和モダニズム象徴 鴨沂高 学びや惜別 建て替えへ

モダニズム(近代主義)を取り入れたアーチ型小窓などで親しまれている鴨沂高の校舎(1935年完成)の建て替え方針を決めた。
かつて宮家の生徒を迎え、多くの学識者や芸能関係者を輩出した学びやだけに、名残を惜しむ声が上がっている。

建て替えは老朽化が理由で、「壁や柱が少なく、補修で耐震強度を上げるのは難しい」という。
校舎は鉄筋コンクリート3階建てで和洋折衷のデザイン。全国初の公立女学校の流れをくむ京都第一高等女学校として建てられた。
段差の小さい木製階段は女学校時代の名残で、着物でも上り下りしやすい。
37年にはヘレン・ケラーが訪れ、校舎3階の大講堂で「各自なすべき事に尽くすこそ最高の業」と生徒たちに訴えた。
48年の学制改革で男女共学の鴨沂高となり、現在に至る。
京都御苑から近く、香淳皇后のいとこの久邇宮恭仁子女王(故人)も学んだ。
暖炉跡のある定時制職員室は宮家のお付きの控室だったらしい。
旧九条邸から移築された木造の正門と茶室もあり、正門は保存する予定。
平成25年の夏から、前の京都産大附属高校の校舎(相国寺北元成安高校)に移転します。
予定では平成28年夏に新校舎が完成する。
2013.3.9
正面玄関
校門前の石碑
寺町通り図書館入り口
寺町通り新体育館横
荒神口通りから見た校舎
新烏丸通りから見た講堂
講堂天窓(アーチ型)

荒れ放題の樹木(南側・上切り通し)
南側校舎、化学室・物理室
北運
体育館
室内プール
北運から見る鴨沂会館左新館右旧館
体育館
体育館円形窓
体育館横の丸窓
水球用に改造された深いプール
2012.3撮影
講堂から見た図書館
図書館入口
図書館横のドーム型明かり取り
図書館内部
図書館から見た校舎
校舎のローカ
スロープの緩い階段
講堂から見た校門
南側教室1組あたり
新体育館と北側教室商業課あたり
新体育館
講堂正面
講堂入口
前から見た講堂
予鈴(ひもが切れている)
東側校舎
荒神口通に面した通用口
通用門、2階の時計
北校舎全容
北側校舎
正門が閉ざされた
荒神さんの塀と校舎
荒神口通り

北運への地下道、あかり取り窓
鴨沂会館
となりにある荒神さん
北運の塀にある石碑
以前、西運があった御所の塀

昔からある百日紅と門

昔からある大銀杏
梨の木神社(マンション建設中)寺町広小路
文化祭(仰げば尊し)御所饗宴場は今は京都・迎賓館